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由緒
 
創立年月由来等記載スヘキ事項ニ関スル史書旧記先年大丈ノ際焼失セシニ依リ詳記スル能ハサルモ古老口碑博説ニ依レハ創立年月不詳ニシテ再来奉祀来リシニ天正年間肥後国司加藤清正天草征討シ騒擾平定ユルニ及ヒ国永安寧武運長久祈願トシテ自ラヲ在来ノ社殿ヲ改築シ祭祀ノ盛興ヲ計リ一般崇敬ノ諾ヲ啓ケリト
 
創立年代や由来等が書かれた歴史書や古い記録は、先年(ここでの先年は、明治期以前をさすと思われる。)に起こった大火の時に焼けてなくしてしまった。それらの詳細は分からず、昔のことを知っているお年寄り曰く、本社の創立年月は分からないが、昔から奉祀されてきた。天正年間(1573~1591)に、当時、肥後の国司であった加藤清正は、天草に兵を出して、背く者や逆らう者を打ち鎮めていた。集団で騒ぎを起こし、社会の秩序を乱している彼らを落ち着かせるために、「国家安寧(肥後国が永遠に穏やかで安定しますように)」「武運長久(加藤清正自身の命運が長く続き、皆がいつまでも無事でありますように)」と祈願した。そこで自ら、それまであった(佐伊津十五社宮)社殿を改築し、盛大に祭祀を行えるように、一般崇敬者(御氏子崇敬者)への同意(改築、祭祀等の行為について賛成ないし是認の意思表示)を教え導いた。〈訳・山田怜央奈〉
 
神紋

 

丸に三つ柏

 

古代に柏の葉は神事の供える物を盛る器として使われ、柏は「神聖な木」として見られていました。柏手を打つと神意を呼び覚ますとあるように、柏は神社や神家と切っても切れない縁があるようです。ちなみに柏紋を最初に使ったのは、神社に仕えた神官だったようです。公家でも神道を司った卜部氏がこれを用いました。

代表的な使用家としては土佐(高知)の山内氏と譜代の牧野氏です。牧野氏は槙野とも称し、槙とは神聖な木、柏を表します。
また伊勢(三重)の皇大神宮の久志本氏や尾張(愛知)の熱田大宮司の千秋氏、筑前(福岡)の宗像氏、山城(京都)吉田神社の卜部氏、備前(岡山)の吉備津神社の大守氏は柏紋を使用している。 清和源氏では今井氏・神尾氏・井上氏。藤原氏では中御門氏・萩原氏・藤井氏・高橋氏・加納氏。桓武平氏では長田氏などがあります。

 

祭神

 

  • 天照大御神

  • 神武天皇

  • 神八井耳命

  • 阿蘇12柱

 

(阿蘇神社から勧請された神々)

  • 1宮 健磐龍命

  • 2宮 比咩神

  • 3宮 国龍神

  • 4宮 日咩御子神

  • 5宮 彦御子神

  • 6宮 若日咩神

  • 7宮 新彦神

  • 8宮 新日咩神

  • 9宮 若彦神

  • 10宮 彌日咩神

  • 11宮 国造神

  • 12宮 金凝神

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